授業コード 20053001 クラス 01
科目名 アドバンスト心理学講義A (進化と人間行動) 単位数 2
担当者 中西 大輔 履修期 第4学期
カリキュラム *下表参考 配当年次 *下表参考

授業題目 人間行動の進化論的理解
授業の概要 本講義では、人間行動を進化生物学の理論から説明する視点について解説を行う。ハードウェアとしての身体だけではなく、ソフトウェアとしての心や行動も自然的あるいは社会的環境への適応として考える進化・適応論的視点が急速に拡大しつつある。もちろん、機能主義の観点からも、ヒトをハードウェアとソフトウェアに分けるこうした心身二元論的な考え方は間違えているし、コンピューターのアナロジーでヒトを分析するやり方には限界がある。しかし、いずれにしても、これまで進化の対象としてはタブー視されてきた行動や心の進化に着目する視点は、人間行動はすべて生後の経験 (学習) によって説明できるとする旧来の (極端な) 行動主義的心理学の価値観と相反するため、多くの論争を生み出してきた。一方で、進化論的視点は究極因から人間行動を説明する有力な仮説をいくつか提出しているし、それらのいくつかは実証的に確認されている。人間はなぜ大規模な協力的集団を維持できるのか? 男性と女性の違いはすべてジェンダー (社会的性別) によって説明できるのか? 文化を持つのはヒトだけなのか? そうだとしたら、なぜ、そうなのか? これらの問題を考えていくのが本講義の目的である。
学習の到達目標 環境への適応という観点から人間行動を科学的にみることができるようになる。
授業計画 第1回 進化心理学とは何か?
進化心理学とは何かについて概観する。進化心理学は比較的新しい学問分野だが、従来の心理学の領域と何が違うのかを中心的に説明する。進化心理学とは進化論に基づく心理学だが、進化心理学の登場は単に心理学に一つの分野が増えたことだけを意味するわけではない。はじめてメタ理論を持った心理学の分野であるという意味において、重要なのである。ここではメタ理論を持つことの重要性や進化心理学誕生の経緯、進化心理学を学ぶことでどのような利点があるのか、進化心理学においてはどのようなテーマが問題となるかといった点について学び、進化心理学を学習する導入としたい。
第2回 進化および遺伝子の概念
進化心理学を理解するためには、進化生物学の基礎的な知識が必要になる。第1回では進化心理学という学問の特徴を紹介したが、ここでは進化心理学の研究を理解する上で必要な進化についての知識を復習する。高校生物で進化については簡単に習っているはずだが、多くの場合誤解がある。それをここで解いておく。進化とは何かをまず確認し、形質や適応、ハーディー−ワインベルクの定理や中立進化といった進化を理解するにあたって重要な概念について学ぶ。至近要因と究極要因について区別をつけておくこと
第3回 利己的遺伝子
前回学んだように、進化とは集団中の遺伝子頻度が時間的に変動することを意味する。したがって進化の単位は遺伝子だが、そこに止まっていてはそもそも進化心理学という学問自体が成立しない。心理学はヒトやそれ以外の動物の個体の行動を研究する学問であり、当然進化心理学でも個体を単位とした研究をおこなっているからである。しかし、遺伝子は個体に存在し、その個体の行動と密接に関係している。ここでは、主に遺伝子と個体との関係について学ぶ。その際に特に重要なのは、ドーキンスによる「自己複製子」と「乗り物 (ヴィークル)」という概念である。ドーキンスは、進化の単位はあくまで遺伝子であるが個体 (われわれの身体) はその遺伝子の乗り物として重要な機能を果たしていると議論している。
第4回 ヒトの進化
ここまで、進化心理学の特徴、進化論の概要、自然淘汰の単位について学習してきた。第5回からはヒトの行動の進化的な起源や適応について学ぶが、その前に、ヒトがこれまでチンパンジーの祖先と分岐したあと、どのように環境に適応しつつホモ・サピエンスに進化してきたのか、その進化史を追う。まず霊長類としてのヒトの特徴を概観し、遺伝的に最も近いチンパンジーとヒトの祖先が分岐してからどのような道を辿ってヒトが世界中に広まっていったかを実証的に検討する。ヒトは霊長類に分類され、多くの特徴を霊長類の仲間たちと共有している。霊長類の特徴をここでまとめておく。後半では、ホモ属以前と以後に分けて、ホモ・サピエンスへの進化の道程を学ぶ。ヒトがこれまで適応してきたのがどのような環境だったのかを確認することは、われわれがそもそもいかなる環境に適応しているのかを知る上で非常に重要である。
第5回 性と進化 (1)
第4回まではヒトの行動を進化的視点から分析するための基礎知識の習得に焦点が当てられていた。ここからは、主に、性と進化 (第5回、第6回)、感情 (第7回)、利他性 (第9回、第10回)、社会的学習と文化 (第11回、第12回)、脳と知能 (第13回、第14回) と、それぞれヒトの環境への適応を進化的な視点から見ていく。性淘汰の問題はダーウィンも悩んでいたが、進化心理学においては性差を検討するという非常に実証研究に乗せやすいテーマであったためか、初期に精力的に研究が行われてきた。ここではまず性淘汰の原理について学び、クジャクの羽を例にして、性淘汰がいかに起こるかを考える。続いて、親による投資と精子競争といった生物学的性差による雌と雄の動的な適応について議論する。
第6回 性と進化 (2)
第5回は主に性淘汰の理論編であったが、ここではより具体的にヒトの性淘汰についての研究をレビューする。まず、人の配偶システムが多くの先進諸国で見られる一夫一妻なのか、それとも狩猟採集社会で多く認められる一夫多妻なのかについて検討する。そのうえで、一夫多妻の社会は多いのに一妻多夫の社会が少ない理由を進化的な視点から考え、クーリッジ効果について学ぶ。ヒトの身体には性的二型が認められる。クジャクと異なり、なぜヒトでは女性が見た目を美しくしようとするのだろうか。このことを男性と女性についての年齢の持つ意味の違いから考える。男性と女性には、それぞれ異なる異性に対する好みがある。男性は見た目のよい若い女性を好む一方、女性は社会的に力があって裕福な男性を好む。これは単に文化の問題ではなく、進化的な理由がある。これに関するバスの実証研究を紹介する。続いて、シンによるウェスト−ヒップ比 (WHR) の研究とその後の議論を紹介する。ウェストのくびれに対する男性の好みというのは本当に存在するのだろうか?
第7回 感情の進化
ダーウィンは『ヒトと動物の感情表出について』の中で、感情表出は副産物に過ぎないという考えを示している。例えば怒りの表情は噛みつくための筋肉の動きが感情表出として定着したものであって、怒りを相手に対して表出することが重要だったわけではないと主張している。エクマンは感情表出が文化を超えて一般的なものであることを示したが、日本人は異なる感情表出を行なっているという研究も最近発表されている。戸田はダーウィン と異なり、感情を持つこと自体に適応価値があると主張しアージ理論という体系を構築して議論した。彼は、感情は野生環境における適応上有利だったために身についたものだと考えた。進化医学者ネシーによれば、ネガティヴな感情にも合理的な理由がある。しかし、それが行きすぎた場合には恐怖症として治療の対象となる。また、経済学者フランクは感情の持つコミットメント機能が重要だと論じている。感情はヒトの行動を縛るからこそ適応を生むのだという議論である。最後に嫉妬が持つ性淘汰への機能について、男女の嫉妬のパタンの違いから考える。
第8回 前半のまとめ
第7回までの復習を行う。進化心理学とは進化論に基づく心理学であり、他の領域とは異なり、ダーウィン由来の進化論をそのメタ理論として持っている。メタ理論とは、進化心理学における様々な理論の導出元となる「理論の理論」のことを意味する。他の心理学領域にはこうした明確なメタ理論がないため、どのような仮説でも立てることができてしまうという問題がある。進化生物学をメタ理論とすることで、恣意的な仮説導出が避けられるというのは再現性問題を考えると極めて重要である。近年、心理学の分野では実験や調査の追試が成功しないという再現性問題が危機的な状況にある。もちろん統計処理の誤りも問題だが、どんな仮説でも成立してしまう理論の不十分さがこの問題を招いているとも言える。
第9回 利他性の進化: 血縁淘汰と互恵的利他主義
第9回と第10回は利他性の進化について扱う。他者への協力行動は一人では達成できない様々な問題を解決する上で重要である。また、そうした協力行動のおかげで、ヒトだけが大規模な社会を形成し、環境を自らが住みやすいように作り上げることができるようになったとも言える。そのため、進化心理学においても利他性の進化は極めて重要なテーマである。第11回と12回ではヒトの文化についての研究を紹介するが、ヒトだけが文化を持つのもヒトの利他性と密接に関連している。利他性とは自分を犠牲にして別の同様な実在の幸福を増す行動だとドーキンスは定義している。一方で、本当に「自分を犠牲」にしているのであれば、そういった行動は進化しない。これは自然淘汰の定義上そうなる。何らかの行動が淘汰の結果残るということは、その行動が適応を助ける必要があるからである。そのため、ここで「犠牲」と言っているのは「一見犠牲にしている」程度の意味である。ここでは、まず血縁淘汰と互恵的利他主義を取り上げる。
第10回 利他性の進化: 大規模集団での利他行動
前回は主に二者関係における利他性の成立について学んだ。血縁関係のある者への利他行動は包括適応度の観点から説明でき、継続的な関係が見込める相手に対する利他行動は互恵的利他主義の観点から説明できる。仲のよい友人との継続的な協力関係や二国間の協調はほぼ互恵的利他主義で説明できるといってよい。しかし、われわれヒトの社会は二者関係だけで成立しているわけではない。むしろ匿名性の高い状況でわれわれは大規模な社会を築き上げてきた。ここでは社会的ジレンマを使って大規模集団での利他行動を検討してきた研究を紹介する。後半部分では新しいタイプの群淘汰理論について学び、その可能性について考える。
第11回 文化の成立基盤としての社会的学習
利他性の進化で文化的群淘汰理論について紹介した。もし文化的群淘汰が成立すれば、匿名性の高い状況でも協力的な関係が構築できる可能性がある。しかし、そのためには文化的群淘汰が成立するための文化的な基盤が集団に存在する必要がある。文化的な基盤とは、他者の情報を利用する傾向 (この場合、集団内で高頻度に観察される行動を模倣する傾向) のことである。ここでは、文化人類学の知見より、他者の影響を受ける傾向が情報が不確実にしか得られない環境において正しい情報を獲得する上で適応的な基盤があり、それによって文化と文化的群淘汰が成立する可能性について考える。
第12回 ヒトと動物の文化
前回は文化を成立可能にする個体の認知傾向 (頻度依存/多数派同調傾向) が情報獲得の上で適応を生む可能性について考えた。不確実にしか情報獲得ができない状況下では、情報獲得に伴うフリーライダー問題があったとしても、集団内の多数派を模倣する傾向は広範な状況で適応的な行動を導くことが分かった。それでは、多数派を重視するような行動傾向が成立させた文化自体はヒトの適応を助けるのだろうか。文化的群淘汰理論では文化の存在が匿名状況での協力行動を適応的にするということが論じられているが、ここでは他者の情報を利用可能なことが、社会全体に正しい情報を流通させることにつながるのかを考える。
第13回 脳の進化
性淘汰にしろ、利他性にしろ、文化にしろ、ヒトの情報処理を司っているのは脳である。脳の科学 (的) 研究はガルによる頭蓋学 (のちに骨相学などと呼ばれるようになる) にはじまる。頭蓋学では脳機能が部位によって分化していると考える。発達した箇所は大きくなるという前提を置いて頭蓋骨を測定するわけである。もちろんこれは荒唐無稽な説だが、当時の学術基準から考えればそう馬鹿にしてよいものではないし、ある意味正統派の脳機能局在論とも言えるものである。脳はどのような構造をしており、どう進化してきたのだろうか。ヒトの脳は大きいと言われているが、どの程度大きいのか。また、ヒトの脳が他の種のものと比べて発達しているとしたら、それはなんのためなのか。食物説と社会脳仮説から考える。
第14回 知能の進化
これまで進化や適応といった観点からヒトの行動を見てきた。具体的には、ヒトの配偶行動 (第5回、第6回)、感情 (第7回)、利他行動 (第9回、第10回)、情報獲得行動 (第11回、第12回) という主に3つのドメインを中心にヒトの行動がどのような意味で環境に適応してきたのかを見てきた。様々な問題を解決するようにわれわれの脳は大きく進化してきた (第13回) わけだが、これまでヒトの知能については必ずしも合理的な意思決定を導くわけではないということが強調されてきた。このことはたいへん不思議である。環境に適応しない行動を採用する個体は自然淘汰の働きで姿を消していくはずではないのか。ここでは主に確率判断を対象として、一見非合理的なヒトの意思決定がどのような意味で適応を助けている可能性があるのかを考える。
第15回 まとめ
この講義では人間行動の進化論的理解を目指し、生後の経験 (学習) を重視する従来型の伝統的心理学に対してヒトの進化してきた系統発生の歴史を踏まえた適応論に基づく心理学を学んできた。そのために、第1回から第3回までは進化心理学の全体的な説明、高校までの生物の内容を含んだ進化論の一般的な説明を行った。第4回ではヒトがアフリカで生まれてどのように進化してきたかを学んだ。ヒトが進化してきたのは現環境ではなく更新世の進化的適応環境だから過去の環境を知る必要がある。第5回からは具体的なテーマに関連してヒトの行動を進化的な側面から説明する理論を学んだ。進化心理学の最も重要な点は心理学に進化生物学というメタ理論による仮説導出を導入した点である。
授業外学習の課題 提出された質問用紙への回答を、次回の授業までにWeblog (https://daihiko.net) のエントリーとして投稿するので、それを読み、理解できていない箇所があれば教科書やノートを見直して復習をする。Moodleに意見や疑問点等を投稿する。あらかじめMoodle上にアップロードされる次回の授業教材に目を通す。
(各回90分程度)
履修上の注意事項 1) 初回は40ページ超のコマシラバス (15回分の詳細なシラバス) を配布する。毎回使うので持ってくること。
2) 毎回A4で20ページ程度の教材を配布する。授業はこの文章教材に基づいて板書を使って行う。荷物が多くなるので、機能的な鞄で通学してほしい。
3) 講義中に実験や調査への協力を求める場合がある。参加した者にはボーナス点等を与える場合がある。
4) 「性と進化」などのテーマでは性に関連する話題が多くなるので、苦手な学生は注意されたい。
5) 授業のデータ (Moodleへのアクセスログ等を含む) を研究に活用することがある。
6) 2022年2月1日現在、対面での授業実施を計画しているが、(他の科目同様) 状況によって非対面授業になる可能性がある。
成績評価の方法・基準 (通常の期末試験ができる場合) 持ち込み不可の期末試験100%で評価する。
(期末試験が行えなくなった場合) Moodleの課題100% (中間試験20%、最終試験30%、小テスト及びリアクションペイパー50%) で評価する。
テキスト なし
参考文献 長谷川寿一・長谷川真理子 (2000). 進化と人間行動 東京大学出版会
主な関連科目 心理学概論I、心理学概論II、社会・集団・家族心理学、集団力学、現代心理学史
オフィスアワー及び
質問・相談への対応
課題のフィードバックや質問、相談等はMoodle、https://daihiko.netのブログを用いて対応する。

■カリキュラム情報
所属 ナンバリングコード 適用入学年度 配当年次
人文学部人間関係学科心理学専攻(自専攻科目) 2014~2016 1・2・3・4
人文学部人間関係学科社会学専攻(他学科及び他専攻科目) 2014~2016 1・2・3・4